時間をかけなければできないものがある。

 

いまから10年ほど前、まだウイスキーが売れない頃、ニッカウヰスキーのサイトのコピーを書かせてもらっていた時期がありました。そんな折、マイウイスキーづくりを体験取材しませんかといううれしいお誘いがあって、断る理由はなにもないので、いそいそと余市へでかけ、1泊2日で、ピートを混ぜ、石炭をくべ、樽の内側を焼き、タガを閉め、原酒を注ぎ、樽にサインをして、貯蔵庫までころがすというしあわせな仕事をしました。

 

その日から我がウイスキーは、余市湾からの海風を子守歌に10年の眠りについて、このたび1本のウイスキーとなって届けられたのです。

 

友人からのメッセージによると、香りはウッディでバニラのような甘さのある樽熟成香。カスタードのような甘い香りと麦芽の香ばしさが調和。味わいは、ウッディでややスパイシーな口当たり。クッキーのような甘さのしっかりとした味わいで、チョコレートのようなややビターの余韻があるそう。年が明けると息子が成人式を迎えるので、その日に封をあけ、ふたりで乾杯しようと思っています。たのしみです!

 

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作業が仕事に変わるとき。

 

数年前のこと。海外へ出張することになり、若い社員に、仕事場の観葉植物たちに水をあげるようにお願いしました。帰ってくると、いくつかの鉢の植物が枯れていたり、元気がなくなっていました。社員にたしかめると水は与えていたとのこと。彼女はいわれた作業を行っていたことに間違いはありませんでした。しかし仕事にはなっていなかったのですね。 

 

依頼には必ず目的があります。いわれたことを行う作業が仕事に変わるのは、その目的に応えたときだけ。今回の場合、その目的は観葉植物に水をあげることではなく、枯らさないことです。逆にいえば、枯らさなければ水を与える必要もありません。

 

依頼の目的をきっちり察知して、それに応えること。できればちょっとしたプラスαを加えること。それを積み重ねていくと、ほかの人に頼むよりあなたにお願いした方がいいという「価値」につがるのです。ペンを持ってきてといわれて、目の前にあるペンを差し出すのは作業。なにに使うのかを察知してそれにふさわしいペンを差し出すと仕事になります。ちょっとしたことですが、そのちょっとした差が、その人の価値になるのですね。

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真夏のサクラ。

 

815日に発売された、岩崎宏美さんのニューアルバム「PRESENTfor you * for meE〜」。そのなかの1曲「真夏のサクラ」の詩を書かせていただきました。自分の書いた詩が歌になり、プロのミュージシャンの方が演奏して、宏美さんが歌うなんて想像すらできなかったことなので感激したのはいうまでもありません。プロデューサー、作曲の田村さん、ミュージシャンの方々、そして宏美さんに改めて感謝申し上げます。

 

長い人生、しあわせなときばかりはつづきません。いえ、逆にしあわせの頂きは一瞬で、また、次の頂きへ向かって日々を重ねる、その繰り返しが人生です。それは仕事も同じ。うまくいったプレゼンも、イベントも、作品も、その成功の頂きは一瞬。再び次の頂きをめざして困難に立ち向かわなければいけません。

 

旅の途中で季節はずれの桜をみたとき、そんなことを思いました。桜の樹の下に人が集まるのはほんの一瞬。春以外、見向きもされません。しかし桜は、夏も秋も冬も、人知れず、懸命に、厳しい季節のなかで生きています。だからこそ次の春に花を咲かせ、人を呼び寄せることができるのですね。そんな想いをつづった1曲。宏美さんの歌唱によってすばらしい曲に仕上がりました。ぜひ、お聴きください。

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テーマを設ける。

 
週末を利用して、友人のバーテンダーと松山へでかけました。旅の目的は、「バー露口」さんへ友人を紹介することと、鯛めしの食べくらべをすること。2日とも雨でしたが、飲み食いが目的のふたりにはなんの支障もなく、いい旅になりました。

 

テーマを設けたことが旅を充実させた理由だと思います。テーマが明確だったからブレない旅となり、短い時間でも充実したのでしょう。そう思うと改めてテーマを設けることは大切だと実感しました。そしてわたしの場合、テーマを設けて日々を積み重ねることが弱くなっていると反省もしました。

 

5年、10年先の未来予想図を描く。そのための1年の大テーマを設ける、1月毎や1週毎の中テーマを設ける、今日のテーマを設ける。できるできないは二の次。大切なのは成果を確認しながら次へ向かうこと。スケジュールとは予定で埋めることではなく、1年、1月、1週、1日のテーマの積み立て、確認するためのツールなのかもしれません。

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言葉はブーメラン。

 

言葉はブーメラン。歳を重ねるごとに、経験を積み重ねるごとにそう実感します。人を傷つけることをいえば、かならずいつかは自分が人の言葉に傷つけられます。人を褒める、讃える、勇気づける言葉をいえば、かならずおほめの言葉をかけてもらえます。悪口をいえば悪口をいわれ、認めれば認めてもらえます。

 

言葉はなからず返ってきます。だからこそ、そのことを意識して言葉を選ぶように、言葉を発するように。いい言葉を選んで、いい言葉を発すれば、いい言葉が返ってくるのです。単純なことですが、忘れている人が意外に多いのも事実。人に傷つけられてばかりという人は、一度、自分の言葉を見直すのもいいかもしれません。

 

マザーテレサはこう書き残しています。「思考に気をつけなさい。それはいつしか言葉になるから。言葉に気をつけなさい。それはいつしか行動になるから。行動に気をつけなさい。それはいつしか習慣になるから。習慣に気をつけなさい。それはいつしか性格になるから。性格に気をつけなさい。それはいつしか運命になるから。」

 

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作詞家デビュー!

 

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わたし、作詞家デビューです!

 

岩崎宏美さんにニューアルバム「PRESENT815日(水)発売)に、作詞した「真夏のサクラ」が収録さます。もうびっくりするようなアーティストや作家の方といっしょにクレジットされるなんて、わたしにとってはいちばんプレゼントです。

 

思えば、旅の途中でノートにメモをしていた言葉たちが一篇の詩のようなものになり、これ、誰が歌うといいかなと思ったときそうだ、宏美さんだとひらめいて、ああだこうだと言葉をいじっている間にカタチになったので、意を決して、歌ってくださいと宏美さんに渡したのが数年前。その後、ディレクターの湯田さんから連絡があって、カタチにしましょうと調整を重ねた日々はとても貴重で、充実した時間でした。

 

歌ってくださった宏美さん、曲をつけてくださった田村武也さん、演奏をしてくださったミュージシャンの方々、そして機会を与えてくださった湯田さん、ありがとうござました。

 

ひとりでも多くの方にお聴きいただきたいと思います。

 

いまは結果がでなくても、それでも明日を信じて毎日を積み重ねている人、ひとりでも多くの方に届きますように。響きますように

 

よろしくお願いいたします

 

 

 

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他人にできることは、他人にまかせる。

 

他の人にできることは他人にまかせましょう。他の人にはできないことをみつけ、それを自分の力としましょう。自分にしかない力とか個性はそこから生まれます。そしてその力を磨いたら、他の人のために活かしたいと思います。自分の力を他の人に役立ててもらうこと、それが仕事だからです。

 

数ある種のなかからホモサピエンスだけが生き残ったのは、保育を助け合うことでより多くの子を産んできたからといいます。ひとりだけでは越えられなかった過酷な環境も、ことばをかけあい、食べ物をわかちあい、モノを製作するという相互協力を行うことで対処することができたのです。

 

分担とか分業は、みんなができることをわかちあうことではないと思っています。自分にはできないことは他の人に補ってもらう。自分にしかできないことで他の人を補う。そんな関係は、やがて最強のチームとなって、そのメンバーはどのような時代が訪れようと生き延びていけると思います。

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見返りはもう得ている。

 

私のこれまでを振り返ると、いろいろな人に助けられてきました。いまも多くの方に助けていただいています。その人たちになかには2通りのタイプがあって、あのときはしてやった、助けてやったと恩を売る人。もうひとつは、なにごともなかったようにそれまでの態度を変えない人です。

 

私が慕う方、いまでもつきあいがつづいている方は、後者のタイプが大半。あるときそんなおひとりに「助けていただいたときのことを覚えていますか?」と聞いたことがあります。相手は「そんなことがありましたかね」と微笑むだけ。「お忘れになった訳じゃありませんよね」と理由を聞くと、「たしかそのとき、あなたは過分な感謝をしてくれたと思いますよ。それで十分じゃないですか」とおっしゃいました。心地良い風が吹き抜けて、背筋がピンと伸びた一瞬でした。

 

人になにかをしてあげるとか、助けるとかは、それは相手のために行うことではなく、自分のために行うことなのかもしれません。できることがあって、それで相手が感謝してくれる。それだけでもう十分な見返りを得ているのかもしれません。ひきずらないこと、それは自分に起こった嫌な出来事だけでなく、人にしてあげたことにもあてはめるべきこと。そうしっかりと肝に銘じたいと思います。

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 当たり前の意味は?

 

当たり前の意味は、「いま、ここに、普通にあること」や「当然」ではありません。「ありがたい」であるべきです。そしてすべての凋落や崩壊は、ありがたいと思わない心、当然と思う気持ちから始まります。

 

私にもたくさんの出会いがあり、仕事がありました。関係が途切れた人、終わった仕事を振り返ると、やはりそこにはどこか、当たり前と思う心や感謝が薄れていたと思わざるをえません。

 

しかし世の中に当たり前のことって、実はないのですね。家族がいるのは当たり前ですか?会社があるのも当たり前?仕事があるのも当たり前?ちがいますよね。いつなくなってもおかしくありません。つまり、いま、ここに、当然のようにあることがひとつの奇跡。だからこそありがたいと感謝の心を持ちたいと思うのです。

 

そしてどこかに当たり前と思う心があれば要注意。それは崩壊へのゲートです。回避するのに効果的なのは、その対象と少し距離を置くこと。楽しいことこそ距離を置く。親しい人こそ距離を置く。当たり前の意識が薄れて、いま、あることの感謝がわき起こってきます。

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