« イッセー尾形の凄み。 | トップページ | 人はすべて見透かされている。 »

神は細部に宿る。


Img_0914_1

先日、噺家の桂吉坊さんと食事をした。
場所は心斎橋にある「たわらや」さん。
この時期ならではの、桜鯛のシャブシャブをいただきながら
来年には90歳になられるおタキさんのお話や
三味線や都々逸などを堪能した。

その昔、難波新地に芸妓が2,000人もいたという。
その時代のお話を伺いながら、酒に酔い、
都々逸を聴いていると
窓からすだれ越しに見える往来は、
もう平成のそれとは感じられなくなってくる。
窓から聞こえる往来の音も風も
まるで「難波新地」にいるような気になってくる。

そこで外を眺める吉坊さんをデジカメでパチリ。

翌日、「イヨッ!平成の若旦さん!!」という
メッセージを付けてお送りすると、
「若旦那になっていません。口から酒を迎えにいっています」
という返事。

そうか、口から酒を迎えにいくのは酒好きの職人さんか。
若旦那はちがうんだな。

そういえば昔、米朝師匠がどこかで、
同じ盲人でも、生まれつきの人と生まれてから視力を
失った人では杖のつきかたが違うと言っておられた。

神は細部に宿るということか。

文章にも同じことが言える。
形容詞にたよっているようじゃまだまだなんだ。
技巧を悟られるようじゃまだまだなんだ。

すべては細部の積み重ね。その向こうにしか感動はない。

神は細部に宿る
ということを忘れるべからず。
落語にかぎらず、文章にかぎらず、
仕事も、コミュニケーションも、ね。

|

« イッセー尾形の凄み。 | トップページ | 人はすべて見透かされている。 »

コラム」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 神は細部に宿る。:

« イッセー尾形の凄み。 | トップページ | 人はすべて見透かされている。 »