展覧会

娘の大学へ。


先日、娘の大学へ行ってきた。授業参観なんて、そんな親バカなことではない。いくら過保護の時代だからといって、大学で授業参観なんて行っていない。東學の展覧会を観に行ったのだ。
 
 
実はちょっと前、娘と松尾貴史さんの舞台『残念なお知らせ』を観に行ったとき、松尾さんの楽屋で學と再会した。よく飲んでいた頃はお互い勤め人だったから、実に20年振りくらいだろうか?お互い太ったねと腹をなであったりした。
 
 
そんな學が娘の大学で展覧会を開いているというので駆けつけた。娘からも素晴らしい内容だとメールが届いていたし。
 
 
ちょうどその日は、學が特別授業をする日だったようで、展覧会会場でもそれは行われていた。多くの学生が熱心に聞き入っていた。どのまなざしも真剣で、熱い。そんな学生達の姿はいつみてもいいもんだ。いまは、若く、貧しく、無名かもしれないけれど、大きな出来事の大半は、貧しい無名の若者によって行われているという事実を教えてあげたくなる。


學の絵は、相変わらず鋭いものだった。醒めているようで熱い。
 
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若冲は、今が現代だ。

京都は相国寺で開かれいる「若冲展」へ行く。
月曜日、開館と同時に入った。

「動植綵絵三十幅」を1点1点じっくり見ていく。
過剰な描き込み、贅沢に使われている顔料、
氾濫する色に息がつまりそうになる。

ところどころに、見るもへ挑むかのような謎も隠されていて、
感動と困惑の果てに、
若冲の術中に堕ちていく自分を発見する。

展示場ははやくも人であふれ、
溜息や驚嘆の声があちらこちらで漏れてくる。

その中の誰かがいった。ーーー「かっこいい」

若冲が呻吟しながらも「動植綵絵三十幅」を描き上げたのは
江戸時代に違いないが、
若冲の絵は古典として私たちを魅了しているのではない。
いまの音楽、いまのファッション、いまのアートと
同じものとして私たちを魅了している。

若冲の絵は今が現代なのだ。

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天才は努力する。


1泊で東京へ行ったので、
今朝の9時30分に上野の東京国立博物館へ。

「レオナルド・ダ・ヴィンチ 天才の実像」を観る。

「受胎告知」に話題が集中しているが、
個人的にはレオナルドの生涯を追った
平成館特別展示室の展示に惹きつけられる。

物理学、運動力学、解剖学、幾何学、
多岐にわたる研究領域と成果が、
絵画の中に結実されていく展開は圧巻だ。

画家が物理学や運動力学を探求する意味がわかる。
いや、画家だからこそ
解剖学や幾何学を研究しなければならないと思えてくる。

スペシャリストはゼネラリストでなければならないのだ。

こんな大切なことを小さい頃に教えてくれる人がいたら、
学校で学ぶ姿勢も変わったのにな。

天才とは努力の人なのだということを強烈に再認識する。
他人の前で努力するのが秀才だとしたら、
誰もいないところで努力するのが天才なのだ。

必見の展覧会だと思う。

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