マイナス9度の世界。


CSRレポートの取材で、今年3回目の北海道へ。今回は、極寒の屋外で作業している人を取材してほしいとのことで、選ばれた土地が旭川。この冬はじめての寒波の到来で、その日の旭川の最高気温がマイナス9度。どれくらい寒いかというと、寒いというより痛いという感じ。外気に触れる頭、耳、鼻、指が外にでて数分で痛くなる。さらに完璧に防寒しているつもりでも冷気は服のちょっとした隙間から忍び込んできて身体を射してくる。カメラマンはバッテリーが凍結することを恐れ、私のボールペンはあまりの寒さで数分後にはインキがでなくなった。
 
 
そんな中でも作業をしている若者に、私は素直に感動しましたね。厳しい環境だからダラダラ仕事はできない。時間が限られているとはいえ、環境が環境だけに甘い仕事は許されない。厳しい環境であるがゆえに、本州よりももっと高いレベルの作業が要求される。だからみんなが協力しあって作業を進めていく。その姿には学ぶべきことがたくさんあって、仕事とはいえ、この時期に旭川まできた甲斐があった感動する。
 
 
取材終了後はとんぼ帰りで札幌へ。ホテルへ荷物を降ろして、カメラマンのシンセイ君と食事。札幌の友人にお勧めの居酒屋を何軒かリストアップしてもらっていて、その内の1軒「へのへのもへじ」へ。海の幸をいただく。
 
 
シンセイ君とは今年、いろいろな土地を回って、とりあえず今回が今年最後の取材となるのでささやかな忘年会をしようと、毛ガニを奮発する。とはいえ、大阪で食べる半額以下の値段だったけれど。食べて飲んで、外へでてみると札幌の町はすっかり雪景色。ホテルを出るときは粉雪程度だったのに、ほんの数時間で白い町に変わっていた。さらさらの雪を踏みしめながら、来年もがんばりましょうとホテルへ戻る。
 
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湖西の、湧き水の里へ。


昨日は近江舞子で仕事だったので、終了すると少し足を伸ばして湖西の湧き水の町、針江へ行ってきた。針江はNHKの里山特集で取り上げられてからすっかり有名になった、川端のある暮らしがいまもなお残る町なのだ。
 
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川端とは湧き水の町ならではの空間。ここ針江では昔から鉄管を約20m打ち込むと綺麗な地下水が湧き出す恵まれた土地だ。比良山系に降った雪、雨水が何年もかかり伏流水となりこの地域を通り琵琶湖に流れていると考えられている。各家庭は家の中や外でその鉄管を打ち込んで水をとる。鉄管からの一番綺麗な水を壺にためる。この壺を壺池(つぼいけ)と呼ぶ。壺池の水はお料理、野菜の洗い水に、また、洗顔に使われ、壺池からこぼれた水は、次の端池(はたいけ)に流れる。洗い物は端池の水を利用する。端池にはたくさんの鯉が飼われていて、鯉が料理の野菜くずや鍋釜の米粒などを食べて水を浄化するのだ。鯉によって浄化された端池の水は家の前の小川に入り、そして隣の端池に入り、その水が再び小川に戻り、やがて琵琶湖に流れて行いく。この湧き水によるシステムをこの町では川端(かばた)と呼んでいるのだ。カレーを食べた後の鍋なんかも端池につけておくと、半日後にはキレイになっているという。鯉もカレーが好きなんですとは、案内してくれた福田さんは言う。
 
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この町にあるものを大切にして、あるもので暮らしていくという、昔の当たり前が今なお色濃く残っていて、その日々のカタチが訪れる人のココロを打つ。今日もフランスからの見学人もいた。なんでもフランスの国営放送で最近、この町の特集があったとか。


さて、仕事の終了後に針江を訪れたもう一つの目的は、鮒寿司を手にいれるためだった。そう、近江地方名物の、琵琶湖の恵みであるニゴロブナでつくる「なれ寿司」だ。前回、ここを取材したときに買った鮒寿司がまことにおいしくて、その上とても手頃な価格(大阪市内の1/3以下の価格ではないだろうか?)だったので、季節もちょうどいい頃なのでぜひとも買い求めようと愉しみにしていたのだ。


普通、鮒寿司というと、ニゴロブナを米に漬けたものを想像する。針江にも米による鮒寿司はある。しかしこの町には造り酒屋が1軒あるので、さらにもう一工夫、米で漬けた後の鮒寿司をさらに酒粕で漬けるという手間を重ねるのだ。酒粕にさらに漬けることによって、その鮒寿司はマイルドな熟成を手にしていく。米の鮒寿司独特の発酵臭やパンチのある味が影を潜め、やさしくやわらかくなる。どちらがいいか好みは別れるところだろう。想像するに、珍味と賞賛される鮒寿司もこの町では、厳しい冬を生きぬくための日常食であったに違いない。ならば味や香りが濃くてきついものがつづくとツライ。だから酒粕などに漬け込んでマイルドにする文化がはぐくまれたのではないだろうか?


とにもかくにも旨いのだ。前回ご紹介していただいた漁師さん宅でたっぷり買い込んだ。こんな素晴らしい鮒寿司を前にすると、好きそうな友人の顔が浮かぶ。だから求めた鮒寿司の数にはその人たちの分も含まれている。たくさん買ったので漁師のお父さんがオマケをくれた。それが鮒の煮付け!それを見た福田さんが「これ、おいしいのよね!」と一言。家に帰って、さっそくいただく。たっぷりと肥えた鮒を箸で割ると、鼈甲色の身がホロホロと割れて、その奥には、これまた鼈甲色のキャビアと呼びたい卵がたっぷりと。その煮付けのなんと絶品のことか。臭みなんてまったくない。鮒寿司と鮒の煮付けの横には、針江の地酒「松の花」の熱燗を。どれも最高でした。
 
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広島へ。


CSRレポートの取材で早朝の新幹線で広島の福山へ。午後3時には取材も撮影も終わって解散ということになり、せっかくここまできたのだから福山から足を伸ばして広島へ行った。どうしても行きたいところがあったのだ。それは原爆ドームと平和記念資料館。いろいろな人から一度訪れるべきだと言われ続けていた。
 
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やっと訪れることができた。想いはいろいろ駆けめぐる。アメリカは何故投下したのか?半藤一利先生の『昭和史』を読むまでもなく日本の敗戦は決定的で、原爆によるダメージなんて必要なかったのに、ただ検証のためにだけに投下したのか?終戦による投下のチャンスをなくすために前倒ししてまで投下する必要はあったのか?膨大な費用を使った原爆開発を国内向けに正当化するためにこれだけの犠牲者を出すことができるのか?しかし圧倒的な事実に答えを導くなんてことはできずに、正直、言葉がなくなった。
 
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アメリカ人のみならず、人は、ここまで残酷な行動を行えるのか?その一方で人は、ここまで過酷な現実を乗り越えることができるんだな。被爆国の国民としてはこの事実を直視する義務があると思う。英語圏ではない外国の方々が真剣に資料館の展示を見ている姿が印象的でした。資料館を出ると、平和公園の西側の森は夕陽をうけて赤く染まっていた。路面電車に揺られて繁華街へ。牡蠣で一杯だけやって新幹線で帰阪した。
 
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札幌から銭函、小樽へ。


金曜日から今年2度目の北海道入り。今年は来月にもう一度北海道取材が予定されている。ありがたい話だ。
 
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土曜日の朝に銭函という小さな港町へ移動する。小樽近郊はその昔、にしん漁で賑わった。銭函もその港町のひとつで、どの漁師もどの漁師も儲かって儲かって、どの家にも銭箱があったということから地名になったとか。しかしその栄華も昔の話。栄光の面影は地名にしか残っていない。
 
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取材は無事に終了。夕方、3両編成のローカル線に揺られて小樽へ。この町も1年振り。しかしどこを撮っても絵はがきになるような風情のすばらしさはあいかわらず。本当に美しい町だ。魚も新鮮で、その上、安い。
 
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僕はこんなのを背負って旅にでる。


移動が多い日々が続いている。それにともない、いっしょに移動するバッグの中身も固まってきた。


持ち運ぶ荷物の基準は「どこでも仕事ができるためのもの」。移動しているからって、事務所のスタッフやお得意になるべくストレスをかけたくないからだ。通信環境さえ整っていればいつでも連絡が取れて、いつでも仕事ができる、そのために必要なものを持ち歩くようにしている。熱海のホテルでバッグの中身を確認してみた。

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左下から右方向へ。
我が愛しのコンピューター。イーモバイル、フレッツスポットなどアクセスできる無線サービスはできるだけ設定している。もうどこでもマックなのだ。

仕事の資料&メモ。資料は事務所で縮小コピー(もちろん両面)。画像や色目が重要な資料はスキャンしてサーバーへアップして必要なときに取り出せるようにしている。

大型ノート。取材用と打ち合わせ時とアイデアを練る時に使用する。

ペンケース。最近、こいつが空港の検査でよくひっかかるんだよね。

扇子。夏場は2本。それ以外でも1本は必ず。

左上に行って。携帯用歯磨きセット。食後の身だしなみ。

手帳。スケジュールやもろもろの管理用。

コード関係をまとめた小袋。小袋は小さなサイズのものに小分けするとバッグの中で場所をとらなくて、たくさん使えるコツなのだ。 あっ、携帯用のお香セットもここに入れている。

その上が化粧品関係のポーチ。クリームとかコロンとかリップとかコンタクトとか。

デジカメとそのバッテリーやSDカードを入れたケース。

折りたたんでもオーケーなトートバッグ。普段は折りたたんでリュックの中へ。取材の時はこのバッグに必要なものだけを入れて持ち運ぶ。


左上段へ行って。
下着。

銀色のアルミケースには薬を。

丸いケースには亜鉛やビタミンのサプリメントを。疲れがたまった夜に飲んで寝る。

その上は本。資料とか個人的読み物とか2・3冊。

肩掛けポーチ。財布や名刺入れやセキュリティカードなど。ちょっとメシでもってときはこれを首からさげて出動!

その上がi-Pod。i-Podなしに私の移動は考えらない。

メモとペン。いつでもどこでもとりだしてメモ、メモ、メモ。

そして水筒。これも必需品になってきた。


各ポーチやケースにはこんなものを。
 
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それらがこの小さめのリュックにスッポリ。
 
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実はこのリュック、なかなか奥行きのあるやつで、まだ余裕があるのだ。家族へのおみやげももちろん入る。スーツのときは大きめのトートバックに入れ替えて。あっ、もちろんズボンのポケットには 携帯電話と小銭入れとキーケース。ジャケットのポケットにはティッシュとマスクが入っている。


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熱海へ。


月刊誌の取材で熱海へ。
 
 
月曜日はあいにくの雨、というより暴風雨。なので予定を変更して、屋内の取材先を訪れる。熱海芸妓見番歌舞練場。その昔は1000名はいたという芸者も今では5分の1とは淋しい限りだが、それでもひとつの見番に200名以上の芸者さんがいるというのは驚きだ。芸者は閉じられた世界の芸でなく、ここでは間口を広げて開かれた世界にしようとする姿勢が素晴らしい。その後は、急な坂道を登って、MOA美術館へ。入り口から7つのエスカレーターに乗って、つまりさらに山ひとつ分を昇ったところに美術館はある。古今東西の美術品の収集もさることながら、黄金の茶室を復刻するなど、芸術への飽くなき姿勢は、ありきたりの美術館とは一線を画す深いものがある。
 
 
翌日は台風一過というやつか。ハワイかカリフォルニアを思わせる青空がひろがっていた。レンタカーに乗って、熱海の海岸、城ヶ島、伊東温泉などをじっくり撮影してまわる。熱海にはそれほどの思い入れはなく、一昔前の温泉街と思っていたけれど、やはり何ごとも百聞は一見にしかずなのだなぁ。行けば行ったで、昔の面影と現代が妙に混在していてそのアンバランスに惹きつけられてしまった。昭和のなごりが心地よく、サンタモニカかニースを思わせるマンション郡が蒼穹の空に新鮮でした。
 
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ホテルの必需品。


土曜日は、朝一のJALで東京へ。
 
 
これからの季節、飛行機や新幹線で必要となるのがマスク。そしてホテルに到着してまずお願いすることは、加湿器を部屋まで運んでもらうこと。乾燥は風邪の大敵です。でもね、ホテルの加湿器は容量が小さいものが多くて、水を満タンにして眠っても、明け方に水がなくなったお知らせが響くのよね。これ、なんとかなりませんか、ホテルのみなさま??
 
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一夜明けて、今日の東京は雨。肌寒い。しかし小雨の空港は捨てたもんじゃありません。
 
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松江から出雲へ。


CSRレポート取材で松江へ。ひさびさに小さなプロペラ機に乗った。本当に無事到着するのかと思ったとたん、眠気に襲われて気がつくと出雲空港到着。あっという間でした。

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取材は、クライアント、そしてお客様の協力体制がすばらしく、思いのほか順調に進む。そして何のアクシデントもなく終了。帰りの飛行機まで3時間ほどあったので、クライアントの方が出雲大社へ案内してくださった。そいえばこの仕事で各地を訪れているけれど、観光をしたのは初めて。いつも行って、取材&撮影して、とんぼ返りの繰り返しだったもの。もったいない話です。
 
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はじめて訪れた出雲大社。今は平成の大遷宮のまっただ中。でも日本中の神様がお帰りになっている時期なので、お賽銭をあげて、手をパチパチ。その後、まだ時間があるというので、出雲日御碕灯台へ案内していただく。夕陽の絶景ビューポイントだという。確かに、ビューティフル!お世話になったみなさん、本当にありがとうございました。
 
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夕焼け泥棒、よろこぶ。


季節が確実に秋から冬へ向かっていくと、ガスが散り、空気が澄んで、夜がおとずれるほんの一瞬、赤と黒と紫のすばらしい夕映えにめぐりあうことができる。夕焼け泥棒としてはうれしい季節になってきて、カメラを手放すことができなくなる。
 
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この季節になると、夕焼けを撮るだけの目的で、北の日本海の方へ旅行したくなるなんて贅沢な旅なんだ、したいなぁ〜。無理だろうなぁ〜。

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海と、湖と、川が交わる所へ。


月刊誌の取材で三方五湖へ。鯖街道の熊川の宿場を巡って、梅畑を横目に、三方五湖へ着く。ああ、良い景色だなぁ。湖は、淡水、海水、汽水とそれぞれ違った水質で、レインボーラインの展望台から望む湖の色も、それそれ違って見えるのはその水質のせいだとか。
 
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あと、この近辺では、鯖寿司はいただけるし、ウナギは名物だし、11月からは蟹に河豚!そう、このあたりの海はトラフグの養殖場として有名で、解禁になるとプリプリと肥えたトラフグがとてもお手頃な値段でいただけるという。残念ながら風邪で体長を崩していたので、食の方は進まなかったので、今度は体長の良いときに、蟹と河豚と鰻をたっぷりいただきに訪れたいものです。
 
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