さよなら、北サンボア。
仕事が終わった夜、あるいは取材から大阪へ戻ってきたときなど、足はこの店、「北サンボア」へ向かう。さてこれから何を食べにいこうかと考えながら1杯、あるいは自宅へ帰るためのワン・フォー・ザ・ロードの1杯、つまりその夜の最初の1杯は、この店のハイボールから始めたいのだ。

「北サンボア」は1930年(昭和5年)に創業。1946年(同21年)に、焼け跡の闇市がひしめいていた「お初天神」近くの、いまの場所に移転して現在に至っている。スタンディングが基本。だから客は長居しないし、酩酊もしない。店に音楽は流れていなくて、時を刻む古い柱時計のコチコチという音、グラスの中の氷、そして客たちの会話がBGMだ。派手なことはない。新しいものもない。グラスもカウンターも、椅子も備品も、そのどれもが使い込まれ、磨かれたものばかりだ。しかしこの風景や手触りは、いくら金を積んでも再現できない、時だけが作り出せる美しさとやさしさに満ちている。そして客がいい。なんといっても客が素敵だ。年配や初老の方が、酒やバーテンダーとほどよい距離や間合いをとりながらゆっくりハイボールを飲んでいる。そんな姿なんて、ちょっとやそっとのバーではおめにかかれない、惚れ惚れとする佇まいだ。
その「北サンボア」が今月の29日で店を閉めるという。戦前の建物なので躯体がどうしてもいけないのだという。そう言われると、屋根はゆがんでいるし、建物も少々傾いている。曾根崎界隈は一時期、地上げの嵐が吹き荒れた所だけれど、「北サンボア」はなんとか生き延びることができた。しかし地上げに勝った「北サンボア」が躯体という魔物に襲われるなんて、誰が想像したことだろう。店は一度取り壊し、同じ場所で再建するという。新しい「北サンボア」のオープンは来年の5月あたりに予定されている。
しかしこの佇まいがなくなるのは惜しい。だから最近、いつも仕事をいっしょにさせてもらっているカメラマンのシンセイ君に声をかけて、「さよなら、北サンボア」というテーマで撮影させてもらおうと企画した。マスターも息子の順平ちゃんもよろこんで協力してくれた。それで昨日の午後、たっぷり撮影することができた。カメラマンも仕事そっちのけで没頭。デジタルでおさえたあと、フィルムでも撮影するところに、この時と空間への興味の度合いが現れている。
ぜひ、みなさんも、取り壊される前に、文化遺産に指定したいほどの佇まいを持つ「北サンボア」へ、ぜひお立ち寄りください。12月29日までの営業です。







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